高津心音メンタルクリニック|心療内科・精神科 川崎市 溝の口

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双極性障害うつ状態の薬物治療

公開日 2022.1.5

はじめに

双極性障害では疾患の罹病期間中、うつ状態の期間が長いことが知られています 1)、2)、(図1)。

うつ状態では失業などの経済損失、身体疾患の悪化、自殺率の高さが報告されており躁状態のみならず、うつ状態の治療も重要です 3)、4)、(図2)。

図1 双極性障害におけるうつ状態の期間の割合

双極性障害におけるうつ状態の期間の割合

図2 自殺企図を呈した双極性障害患者のその後の経過

自殺企図を呈した双極性障害患者のその後の経過

双極性障害うつ状態ではうつ病に使用される抗うつ薬ではなく、双極性障害うつ状態のための治療薬が使用されます。

日本では承認順にオランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン徐放錠(ビプレッソ)、ルラシドン(ラツーダ)があります。

実際には、クエチアピン(セロクエル)が以前より治療のため適応外使用されていました。

アメリカではクエチアピン・クエチアピン除法錠、オランザピンとSSRIのフルオキセチンの合剤(olanzapine-fluoxetine combination ; OFC;日本未承認)、ルラシドン(ラツーダ)、カリプラジン(医薬品名:ブレイラー;日本未承認)、ルマテペロン(医薬品名:カプリタ;日本未承認)の5剤が承認されています(2022年1月時点)、(図3)。

図3 日本及び米国における双極性障害うつ状態に対する保険承認薬

日本及び米国における双極性障害うつ状態に対する保険承認薬

カリプラジンはドパミンD2/D3、セロトニン5-HT1A受容体部分作動薬でアメリカでは2015年に統合失調症と双極性障害躁状態への適応を取得し、2019年双極性障害うつ状態の適応を取得しました。

アジアでもシンガポール、タイなどではすでに使用されています。日本では2021年から臨床開発が開始されています。

ルマテペロンはセロトニン、ドパミン、グルタミン酸に作用する新しい作用の薬でアメリカでは2019年に統合失調症に対し承認され、2021年12月双極性障害うつ状態の治療に承認されました。

現在のエビデンス

2020年のBahji Aらの双極性障害うつ状態に対する薬物治療の有効性と忍容性の解析では、トラニルシクロミン(MAO阻害剤;日本未承認)、イフェクサー、フルオキセチン(日本未承認)、ジバルプロエクス(日本未承認;日本で使用されるバルプロ酸ナトリウム「デパケン、デパケンR、セレニカR、」にほぼ近い薬です)、イミプラミン、オランザピン‐フルオキセチン合剤(OFC)、ラツーダ、クエチアピン、カリプラジン(日本未承認)、ラモトリギン、オランザピンの順に双極性障害うつ状態に有効であると報告されています 5)、(図4)。

図4 双極性障害うつ状態に対する各薬剤の有効性

双極性障害うつ状態に対する各薬剤の有効性

アリピプラゾール(エビリファイ)はプラセボと比較して効果がなく、有意に有害事象による中断率が高い結果でした。

炭酸リチウムもプラセボと比較して効果がない結果でした。

クエチアピンは有効性があるとともに、躁転のリスクが低い結果でした。

2021年のKadakia Aらの双極性障害うつ状態に対する非定型抗精神病薬の有効性と忍容性の解析では、有効性はラツーダ、クエチアピン、オランザピン、カリプラジン(日本未承認)の順に優れていました 6)、(図5)。

2020年のBahji Aら解析同様、アリピプラゾールの効果は認められませんでした。

図5 双極性障害うつ状態に対する非定型抗精神病薬の有効性

双極性障害うつ状態に対する非定型抗精神病薬の有効性

治療場面における選択

実際の治療場面ではクエチアピン、クエチアピン除法錠(ビプレッソ)、オランザピン、ラツーダを併存している症状や治療経過などを考慮し、選択することになります。

①ルラシドン(ラツーダ)

初発で不安や不眠の症状が強くない場合は副作用が少なく忍容性の高いラツーダの選択が検討されます。

また糖尿病や糖尿病の既往を有しているケースにおいてもクエチアピン、クエチアピン除法錠、オランザピンは使用できないためラツーダが選択されます。

ラツーダは抗ヒスタミン作用や抗コリン作用が少なく代謝や認知機能へのリスクが軽減されますが、その分アカシジア(手足がムズムズしたり、じっとしていられない感覚)が生じやすくなります。

増量とともに生じるため増量時には慎重に経過をみる必要があります。

②クエチアピン(セロクエル)・クエチアピン除法錠(ビプレッソ)

双極性障害では不安を有する割合が高く、不安障害の併存が生涯有病率は約45%であるとされています 7)8)。

クエチアピンは双極性障害に伴う不安、不安障害、不眠に有効であり 9)、10)、不安、不眠が伴う場合、不安障害の併存がある場合はクエチアピン、クエチアピン除法錠の選択が検討されます。

不眠に効果がある一方、眠気が残ることがあり慎重な用量調整が必要です。

③オランザピン(ジプレキサ)

うつ病と同じように双極性障害うつ状態でも食欲の低下が生じることがあり、食欲低下の悪化を認める場合や嘔気を伴う際は食欲低下の改善や嘔気を改善する効果を持つオランザピン 11)を選択することがあります。

クエチアピンと同じく不眠に有効で深い睡眠がとれる効果があり、不眠が強い場合にも有効です 12)。

代謝へのリスクがあるため、食事管理や抑うつ気分の改善後に運動を取り入れることも推奨されます。

またクエチアピン・クエチアピン除法錠と同じく眠気が残ることがあります。

気分安定薬との併用

双極性障害は再発率が高く 13)、うつ状態改善後に躁状態を予防すること、うつ状態の再発を予防することが重要になります。

そのため、上記の双極性障害うつ状態治療薬に加え、気分安定薬を併用することがあります。

双極性障害うつ状態治療薬と気分安定薬の併用は単剤の治療と比較して、再発を抑制することが報告されています 13)、14)、(図6)。

図6 双極性障害における各薬剤グループごとにおける再発率

双極性障害における各薬剤グループごとにおける再発率

気分安定薬には炭酸リチウム(リーマス)、バルプロ酸ナトリウム(デパケン、デパケンR、セレニカR)、カルバマゼピン(テグレトール)、ラモトリギン(ラミクタール)があります。

①炭酸リチウム(リーマス)

炭酸リチウムは自殺予防効果を有し、双極性障害で自殺率を約20%減少させると報告されています 15)、16)。

そのため、自殺企図、希死念慮を認める場合では選択が検討されます。

また双極性障害では認知機能低下へのリスクが懸念されますが、炭酸リチウムによる治療は認知機能低下のリスクを減少させることが報告されています 17)、18)、(図7)。

図7 認知機能への影響 炭酸リチウム VS 抗てんかん薬

認知機能への影響 炭酸リチウム VS 抗てんかん薬

一方でうつ状態治療の観点からは近年の研究では躁状態の治療と比較して、効果の弱さがうかがわれます。

2020年の解析ではリチウムはうつ状態に有効性がみられませんでした 5)。

また、うつ状態の再発予防に対しても躁病、混合状態の予防に対して劣ることが報告されています 19)。とはいえ、再発全体の抑制はバルプロ酸ナトリウムより優れており 20)、(図8)、維持療法も考慮した際は第1選択になります。

図8 双極性障害の治療 炭酸リチウム VS バルプロ酸ナトリウム

双極性障害の治療 炭酸リチウム VS バルプロ酸ナトリウム

炭酸リチウムは代表的な副作用に甲状腺機能低下、副甲状腺機能亢進、腎濃縮能低下があります 21)。

リチウム中毒にも注意が必要で2~3か月に1度のリチウム濃度の確認が必要とされています 22)。

甲状腺機能は甲状腺ホルモン(FT3, FT4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を確認します。

副甲状腺機能はカルシウム濃度が正常かどうかで確認できます。

腎濃縮能は血液検査結果のeGFRという項目で確認することができます。

ロキソニンやイブといったNSAIDというジャンルに分類される痛み止めを内服している場合、高血圧症がありアジルバやオルメテックといったARB(アンギオテンシン2受容体拮抗薬)やアンギオテンシン変換酵素阻害薬を内服している場合、炭酸リチウムの濃度が上昇することがあるので注意が必要です。

てんかんや腎障害がある場合、妊娠中は使用できません。

②バルプロ酸ナトリウム(デパケン、デパケンR、セレニカR)

バルプロ酸ナトリウムは抗てんかん薬でもあり、片頭痛予防効果もあります。

双極性障害では片頭痛の併存率が高いことが知られており 23)、24)、双極性障害Ⅰ型では約35%、双極性障害Ⅱ型では約54%に併存すると報告されています 25)、(図9)。

図9 双極性障害における片頭痛の併存率

双極性障害における片頭痛の併存率

片頭痛が併存している双極性障害では、うつ状態の悪化をきたしやすく 26)、相互に両疾患の予後を悪くするため、両疾患に効果のあるバルプロ酸ナトリウムの選択が検討されます 27)、28)。

また片頭痛が併存している場合、炭酸リチウムへの反応が悪いことが指摘されていること 29)、炭酸リチウムで片頭痛が悪化することがあることにも注意が必要です 30)。

バルプロ酸ナトリウムは肝障害、血小板減少、血中アンモニア濃度の上昇などの副作用に注意が必要です。

血小板減少が生じるとはじめに前腕などにポツリポツリと赤い斑点(微小な出血点)がみられますので気が付くことができます。

進むとあざができやすくなったり、女性では月経血の量が増えたりします。

高アンモニア血症では意識障害をきたすこともあり、炭酸リチウムと同様に定期的なバルプロ酸の濃度確認が必要です。

嘔気や眠気が生じることもありますが除法錠を1日2~3回などにわけて内服することで軽減することができます。

眠気は内服開始後、徐々に軽減することが多いです。

アルコール多飲傾向がある場合や高脂肪食を摂った際は膵炎のリスクが高まるため注意が必要です。

添付文書上では自殺念慮のある双極性障害に対して悪化することがあり、注意となっていますが、現時点では自殺念慮、自殺のリスクを悪化させないことが報告されています 31)、32)。

③カルバマゼピン(テグレトール)

カルバマゼピンも抗てんかん薬でもあり、躁状態に有効で、三叉神経痛にも有効です。

ですが単剤でうつ状態への効果は示されていません。

維持療法としての効果も否定的な結果が報告されています 33)。

ただし、カルバマゼピンと中国の漢方のFree and Easy Wanderer Plus(FEWP;和漢の加味逍遙散とほぼ同じものです)の併用がうつ状態に効果があるとの報告があり 34)、生物学的精神医学会世界連合(WFSBP)のガイドラインでグレードBで記載されています。

カルバマゼピンは皮疹、血球減少(白血球や血小板の低下)、低ナトリウム血症などの副作用に注意が必要です。

過去に三環系抗うつ薬に過敏症を起こした既往がある場合、第Ⅱ度以上の房室ブロック、高度の徐脈がある場合などは使用できません。

④ラモトリギン(ラミクタール)

ラモトリギンはてんかんと双極性障害における気分エピソードの再発・再燃抑制で承認を得ています。

躁病の再発抑制には炭酸リチウムに劣るものの、うつ状態の再発・再燃の予防には有効であることが分かっています 33)、35)。

急性期の双極性障害うつ状態そのものに対する治療にも有効性があり、クエチアピンやルラシドンだけで十分効果が得られない時などに併用して使用されます。

ラモトリギンとクエチアピンのコンビネーション(併用療法)は両方の薬の呼び名を合わせた通称「ラミクエル」として有名でした。

うつ状態に対する有効性も示されています 36)、(図10)。

図10 クエチアピン+ラモトリギンの効果

クエチアピン+ラモトリギンの効果

炭酸リチウムで維持療法をおこなっている場合にラモトリギンを併用した場合のうつ状態への有効性も報告されています 37)、(図11)。

図11 炭酸リチウム+ラモトリギンの効果

炭酸リチウム+ラモトリギンの効果

ラモトリギンの副作用では皮疹の頻度が高く、約8~10%に生じるとされています 38)、39)、40)。

そのため、使用開始時、増量時には慎重に経過をみます。血球減少もまれに生じることがあり注意を要します。

日本および国際学会のガイドラインにおける記載

日本うつ病学会により発表されている2020年度版の双極性障害の治療ガイドラインに記載されている推奨治療のサマリー、及びカナダ不安・気分治療ネットワーク(CANMAT)と国際双極性障害学会(ISBD)が2018年に共同で発表している推奨治療サマリーを添付します 41)、42),(図12、13)。

図12 日本うつ病学会治療ガイドライン 双極性障害 抑うつエピソードの治療

日本うつ病学会治療ガイドライン 双極性障害 抑うつエピソードの治療

図13 CANMAT and ISBD ガイドライン 2018(うつ状態治療への推奨)

CANMAT and ISBD ガイドライン 2018(うつ状態治療への推奨)

おわりに

双極性障害におけるうつ状態には早期の介入が必要です。

第一には自殺予防、続いて身体疾患の悪化を防ぐこと、社会的立場の維持・機会損失を防ぐ必要性などがあります。

豊かな芸術性・創造性や持ち得ているパフォーマンスを十分発揮できるようにし、人生の舞台で活躍し続けられるよう援助することが必要です。

参考

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執筆者:
高津心音メンタルクリニック
院長 宮本浩司

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